皆野橋

 所在地:荒川、埼玉県秩父郡皆野町皆野〜秩父市小柱  [この付近の荒川]

 形式:RCアーチ橋(上路、開腹、3スパン)、長さ105m、幅5.5m  建設:昭和10年(1935)
 設計者:増田淳 施工斎藤組 土木学会附属土木図書館に設計図が収蔵されている。
            http://library.jsce.or.jp/jscelib/committee/lib_draw/2009_Doken/Pages/0024-01.html

 皆野橋
↑皆野橋 (上流から)
 皆野橋は荒川の左岸:秩父市小柱と右岸:皆野町皆野を
 結ぶ県道43号線(皆野橋の竣工当時は縣道皆野小柱線)の
 道路橋。43号皆野荒川線は、古くは秩父往還の支道であり、
 皆野町から秩父市、小鹿野町を経て、荒川村に通じる。
 皆野橋の前身は昭和10年まで運行した大浜の渡し(渡船)。
 大浜とは右岸の皆野町の小字である。大浜の渡しの歴史は
 古く、江戸時代から存在した。江戸幕府が編纂した、
 新編武蔵風土記稿(12巻、p.146)にも記録されている。
 また、武蔵国郡村誌(明治9年の調査を基に埼玉県が
 編纂)の秩父郡皆野村(7巻、p.93)には、
 ”大浜渡:村道に属し
 村の西方 荒川上流にあり
 渡船(耕作船)二艘 私渡 毎年十一月より翌年四月迄
 減水の候 仮橋を架す”とある。皆野橋は上流に架かる
 
旧秩父橋(昭和6年竣工)とほぼ同じデザインの橋である。
   皆野橋の欄干
  ↑皆野橋の欄干 (上流から)
   皆野橋から200m下流、皆野町大淵では赤平川が
   荒川の左岸へ合流している。左岸の崖にはジュラ紀の地層の
   上に古生代第三紀層が堆積した、前原の不整合が見られる。
   写真の右上隅に見えるのは、宝登山(標高497m)。
   皆野橋の欄干は現在は鋼製(高さ1.15m)だが、竣工当時は
   コンクリート製だった。皆野町史
 通史編、p.723に、
   皆野橋の渡り初め(開通式)の写真があり、それによれば
   欄干は開口部の無い素朴な造形(現在とほぼ同じ)であり、
   親柱も簡素だった。ただし欄干には橋脚上部に中柱があり、
   中柱を含めた8箇所に、高い橋灯が設けられていた。
   皆野橋は古い設計なので幅員が狭く、歩道は設けられていない。
   なお皆野橋の開通当時、左岸下流は秩父郡国神村だった。
   国神交差点(県道37号線と県道44号線には
   
国神村の道路元標が今なお残っている。

 アーチ脚部
↑アーチ脚部(左岸:上流から)
 古い橋だが状態は良好だ。美しい橋なのに残念ながら、
 全貌を眺めるには、沢の急な斜面を下りて行かねばならない。
 (橋が右岸と左岸の段丘面どうしを結んでいるため)
 上路式アーチを渓谷に設けた場合、視認性の悪さが
 景観学的な欠点ともいえる。

   
  ↑アーチ脚部
   均等にスパン割りされているようなので、アーチ径は35mだろう。
   上部工(橋面、欄干)は改修されているが、下部工は
   ほぼ建設当初の状態で残っている。柱の頂部と橋面の間には
   持ち送り(迫り出し)が設けられている。  

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