都幾川大堰 (ときがわ)

 所在地: 都幾川、埼玉県比企郡都幾川村西平  建設:大正12年(1923)

 都幾川大堰の歴史は古く、江戸時代末には既に存在していたようである。
 明治9年の調査を基に編纂された、武蔵国郡村誌の比企郡田中村(6巻、p.217)には
 田中地区を流れる用水路が、都幾川用水と記されている。
 ”都幾川用水:深二尺巾二間 村の西方 平村より来り南方 桃木村に入り又本村に来り
 東流して都幾川に入る 本村に係る長十二町 田八町七反の用水に供す”
 [東流して都幾川に入る]とあるが、都幾川大堰から取水された用水は
 現在も明覚小学校の北側付近で、再び都幾川へ戻されている。
 武蔵国郡村誌には、大堰についての記述はないが、昭和10年(1935)に
 建てられた大堰改修記念碑によれば、明治時代の大堰は木製であり、
 洪水の度に破壊されていたようである。

 都幾川大堰
↑都幾川大堰 下流から
 越瀬橋(県道172号線)から500m上流、西平の堰下地区に
 設けられている。農業用水の取水堰であり、主に都幾川村
 田中、桃木地区に用水を供給している。堰の形式は
 固定堰で、河床に転がる巨岩をコンクリートで固めてある。
   堰体
  ↑堰体 左岸から
   堰体の全長は約18m、都幾川の流路に対して若干、
   斜めに配置されている。堰体の中央部(約5.5m)は
   両側よりも約20cm低くなっている。

 取水路と余水吐
↑取水路と余水吐 上流左岸から
 取水路(幅2.0m、深さ1.0m)は右岸側の崖下に沿って
 設けられているが、堰の周辺は堤外水路の印象が強い。
 写真の中央は水路の側壁に設けられた余水吐。
 奥が取水口の水門。鋼製のスルースゲートが1門、
 装備されている。

   大堰改修記念碑と水神
  ↑大堰改修記念碑と水神塔
   都幾川大堰の元圦(取水路の開始地点の水門)の上に
   建てられている。つまり、建立地点は都幾川の河道内である。
   大堰改修記念碑:昭和10年(1935)12月建立。
   水神塔:昭和13年(1938)5月竣功。大堰復旧記念とあるので
   昭和10年前後に、災害復旧工事が実施されたのだろう。
   碑文には総工費3,204円のうち1242円を県の補助金に
   頼ったとある。世話人7名の氏名

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