荒川橋梁 (秩父鉄道)

 所在地:荒川、左岸:埼玉県秩父郡長瀞町長瀞、右岸:皆野町下田野  秩父鉄道の上長瀞駅と親鼻駅の間
 形式:ポーナル型プレートガーダー橋(10連、全長約167m)、煉瓦橋脚・橋台  建設:大正3年(1914)

 荒川橋梁(上流から)
↑荒川橋梁(上流から)
 国道140号線の親鼻橋(荒川)から500m下流に架かる。
 通称.親鼻鉄橋。親鼻とは旧秩父郡金崎村(現在の
 皆野町金崎)の小字である。親鼻駅と上長瀞駅は荒川橋梁の
 竣工と同時の開業だが、当時、上長瀞駅は国神駅と称し、
 昭和三年に上長瀞駅へ改名した。建設地は野上村藤谷淵だが
 駅名には隣村である国神村の名前が使われていた。
 なお、
秩父郡野上村と国神村の道路元標は今も残っている

   荒川橋梁(上流左岸から)
  ↑荒川橋梁(上流左岸から)
   非常に高い(約20m)煉瓦積みの橋脚が特徴である。
   荒川を横断するには、この高さの橋脚が10本も必要だったのだ。
   橋脚の煉瓦は
イギリス積みで組まれている。
   大宮町(現在の秩父市)への路線延長には、渋沢栄一の
   経済的な支援があったので、使われている煉瓦は
   おそらく
日本煉瓦製造(埼玉県深谷市)の製品だろう。
   延長工事は飯島組と遠藤組が請け負っている(秩父鉄道五十年史、p.17)。


 煉瓦橋脚
↑煉瓦橋脚
 断面形状は楕円形、水切り部は
 花崗岩で補強されている。
 積み方は石材のイギリス積み版とも
 言える算木積み。
 現在は3段に積まれた煉瓦の上に、
 コンクリートで補修がなされているが
 建設当初は4段の煉瓦積みだった。

   
プレートガーダー
  ↑プレートガーダー(上流左岸から)
   中央の6径間の桁長が最も長く約19m。
   桁は垂直補剛材の端部がJの形に曲げられていて、
   見た目はポーナル型のプレートガーダーと同じだ。
   ポーナル型は明治時代初期〜中期に主流だった旧い形式の桁だが、
   これは輸入桁や転用桁ではなく、大阪汽車製造が
   大正3年(1914)に製造したもの(銘板あり)。
   現在は桁の下部フランジに、魚腹形(船底型)の下吊り補強がなされているが
   これは建設当初はなかった(秩父鉄道五十年史、p.17の写真による)。
   昭和61年(1986)に橋台と橋脚の補強工事が実施されたので、
   これはその時に付けられたのだろうか。
   同時期に建設された
黒谷川橋梁(秩父市黒谷)に
   使われている桁も荒川橋梁と同形式である。

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