煉瓦の積み方

 煉瓦で壁構造を構築する積み方には、芋目地が発生しないように工夫された方式がある。
 芋目地とは、縦方向の目地(煉瓦と煉瓦の接触面)が一直線に並んでしまうこと。
 目地が一直線に並ぶ積み方だと、構造物は外からの力(地震等)に対して非常に弱くなり、
 最悪の場合、煉瓦はその面に沿って剥離し、壁は倒壊してしまう。 →変則積み
 煉瓦の積み方と共に壁の厚さも構造の安定性を増すための重要な要素である。
 当然のことだが、壁は厚いほど倒壊しにくくなる。→補足

 なお、煉瓦樋門では壁体の背面(翼壁や樋管本体が裏込土と接する部分。通常は土に
 隠れて見えない)には根積みが施されている。根積みとは壁体の下部に向かって壁が
 厚くなるように煉瓦を階段状に積む方式のことで、これによって土圧に対する摩擦抵抗が
 大きくなり、かつ上部の荷重が下部へ分散されるので、樋門は構造的に安定する。
 また壁体の重心が低くなるので、力学的にも合理的である。
 同じ様に安定性を確保するために、翼壁は堤防の法面に対して垂直ではなく、
 背面に向かってわずかに、もたれる(傾く)ように施工されている。

 イギリス積み  イギリス積み

 例:千貫樋(さいたま市、荒川)、明治37年(1904)建設

 煉瓦を長手だけの段、小口だけの段と一段おきに積む方式(注)
 オランダ積みとよく似ていて、違いは端部の積み方のみ。
 埼玉県の煉瓦水門のほとんどは、イギリス積みで組まれている。
 イギリス積みはフランス積みに比べると、丈夫(強度が高い)で
 経済的(使う煉瓦が少なくて済む)といわれている。最近の研究では、
 積み方による強度の差はないとの説もある(→
文献31、p.97)
 イギリス積みは、土木構造物や鉄道の橋梁などでよく見られる。
 日本では時代的にフランス積みよりも後に採用された積み方である。

 フランス積み 

 
フランス積み

 例:誠之堂(深谷市)、大正5年(1916)建設

 一段に煉瓦の長手と小口を交互に積む方式。
 
鼻黒煉瓦(小口のみ焼過)を使うと、壁の表面には華麗な柄が現れる。
 フランス積みというのは誤りで、正確にはフランドル積み、あるいは
 フレミッシュ積みというのだそうだ。”日本では明治19年(1886)以降、
 フランス積みは見られなくなった”と各種文献に記されているが、
 明治後期以降のフランス積みは意外に多く存在する。
 ポリクロミー(壁面の濃淡模様)を意識した小規模な構造物が多いのだが。
 なお、
八幡堰(綾瀬川、伊奈町、1899年)では、ごく一部分だが、
 フランス積みが見られる(建設当初からそうなのかは疑問)。

 小口積み

 
小口積み

 例:日本煉瓦製造(株)の塀(深谷市)

 煉瓦の小口のみを千鳥(ジグザグ)に積む方式。ドイツ積みとも呼ばれる。
 比較的小規模な建築物に使われるようだ。なんて書いたら、”東京駅のレンガは
 小口積みだ!”とお叱りのメールをいただきました。あはは。ちなみに東京駅は
 日本最大の煉瓦建築(鉄骨煉瓦構造だけど。内部の煉瓦は日本煉瓦製造の製品)。
 なお、長手積みで4〜5段積んだ上に、小口積みで1段積む方式を、
 アメリカ積みという。小口積みは壁を曲面施工する場合に適する。
 円筒形に組むことさえ可能なので、小口積みで組まれた
井戸も多い。
 
天神沼樋(吉見町、1903年)の翼壁は小口積みで曲面施工されていて珍しい。

 長手積み

 
長手積み

 例:小谷製糸跡の塀(吹上町)

 煉瓦の長手のみを千鳥(ジグザグ)に積む方式。半枚積み。(→補足
 壁厚が小口のサイズ(約100mm)に限定されてしまうのが難点である。
 写真例の小谷製糸とは明治13年(1880)に、足立郡小谷村
 (現.吹上町小谷)に設立された民間の機械式製糸工場。
 ちなみに官営の富岡製糸工場(群馬県富岡市)は1872年の設立である。
 塀に使われている煉瓦の平均実測寸法は、220
×106×58mm。
 1925年(日本標準規格の制定)以前に製造されたもので、現代の煉瓦よりも
 サイズが大きい。これは
長島煉瓦工場(明治35年創業、小谷村)の製品だろうか?

(補足)煉瓦の積み方の違いによって、構築できる最小壁厚も決まってしまう。
 イギリス積みとフランス積みは約310mm、小口積みは約210mm、長手積みが約100mmとなる。
 長手積みが別名:半枚積みと呼ばれるのは、通常の半分以下の厚さの壁が可能だからである。 
 なお、小口積みと長手積みは構造的には、ほぼ同一の積み方である。
 壁面をどこから眺めるかによって、小口積みは長手積みに、長手積みは小口積みになる。
 つまり、ファサード(建築学的な造形上での正面)に現れた積み方で、小口積みと長手積みは区分される。
 例えば、通水断面がアーチ型の煉瓦樋門では、樋門を外側から眺めると、
 アーチリング(アーチ部の煉瓦)は小口積みだが、アーチの内部から眺めると長手積みとなる。

(注)イギリス積みの定義を”煉瓦を長手だけの段、小口だけの段と一段おきに積む方式”とすると、
 写真で例を示した以外の[イギリス積み]も存在することになる。
 例えば、長手だけに注目すると、写真の例では縦方向の目地が一直線に並んでいるが、
 これを長手積みのように、目地が千鳥(ジグザグ)になるように積む方式もありうるわけだ。
 この場合は端部の処理が、イギリス積みとは異なるので、広義にはオランダ積みになってしまう(笑)
 なお、後者のイギリス積みは、埼玉県の煉瓦樋門では確認されていない。

 余談だが、城の石垣の端部(隅)の石材は、自然石ではなく直方体に加工された切り石が
 使われていることが多い。その積み方は石垣の強度を増すために、一段おきに長手と小口が
 見えるように積まれている。この積み方は算木積みというが、石材の場合のイギリス積みともいえる。


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