〆切橋 (しめきり)
場所:元荒川、埼玉県越谷市南荻島〜砂原
形式:RC桁橋(6スパン) 長さ 57m、幅 3.7m 竣工:昭和12年(1937)3月
←〆切橋 (右岸上流から) 古典的な土橋(木造の桁橋で橋面は土を盛って舗装)の 形態を彷彿とさせる、懐かしい造形の橋。 中央の橋面は水平だが、両岸のスパンは傾いている。 江戸時代には元荒川は、この付近で大きく蛇行していた。 それを直すために、ここから200m上流付近から新流路が 開削されている(注)。現在、南荻島地区の中央を元荒川が 貫通しているのはその名残りである。〆切橋という名は その工事のさいに、旧流路を締め切ったことに由来するのだろう。 〆切橋は、それほど老朽化していないと思われるが、 幅員が狭いためと、500m上流に大砂橋(大竹〜砂原)、 400m下流には元荒川橋(国道4号線の草加バイパス)が 架かるからだろう、現在は自動車の通行が規制されている。 なお、大砂橋の右岸橋詰の久伊豆神社には、元文四年(1739)建立の 石橋供養塔がある。ただし、石橋が架けられていたのは元荒川ではなく、 付近の用水路(たぶん末田大用水)である。江戸時代には 元荒川のような川幅が50m近い川に石橋を架けることは不可能だった。 |
↑桁と橋脚 (右岸上流から) 桁の形式は4主桁のT形はり。桁高は約40cm。 側面に1スパンにつき5箇所に金属製の輪が、 取り付けられているのだが、目的は不明だ。 橋脚はコンクリート製で直径35cm。 桁と同様に表面は塗装が施されている。 |
↑親柱 (右岸上流) 一辺が50cmの角柱で高さは125cm。 凝った意匠は無く素朴な造形だ。 表面には化粧は施されていない。 欄干は金属製で高さは100cm。 |
(注)〆切橋はその起源が宝永年間(1710年頃)にまで遡れる古い橋である。
武蔵国郡村誌(明治9年の調査を基に編纂)の埼玉郡荻島村(11巻、p.123)には、
”村の北西 元荒川の上流に架す 長十六間巾一丈 土造 此川 宝永年中連合村々の
穿開せし者なるに依り今に至り四十ヶ村にて修理す”とある。
明治9年当時の規模は長さが約29m、幅が約3mで、形式は土橋(木造の橋)である。