三国橋 (みくに)
場所:渡良瀬川、左岸:茨城県古河市(こが)、右岸:埼玉県北埼玉郡北川辺町向古河
形式:下路ワーレントラス橋、11スパン(鋼桁4連+トラス3連+鋼桁4連) 長さ547m、幅13m
建設:昭和43年(1968)
三国橋は国道354号が渡良瀬川を跨ぐ地点に架かる。交通渋滞緩和のために、
下流の国道354号バイパスには、新三国橋が建設された。
なお、三国橋が完成する遥か昔から、この地は渡良瀬川の渡河地点であった。
万葉集には古河の渡しとして3首が詠われているという。
右岸橋詰の鷲神社には、万葉古河之渡(埼玉県指定旧跡)の石碑がある。
明治初期の時点での古河の渡しの様子が、武蔵国郡村誌の
埼玉郡向古河村(12巻、p.488)に記録されている。
”渡船場:古河道に属し村の東北 渡良瀬川の上流 深七尺濶七十間の所にあり 渡船三艘 官渡”
古河道は館林道に通ずる重要な街道だったので、古河の渡しは明治初期には
既に民間ではなく官設となっている。渡し船が3艘あるので渡しの規模は大きい。
当時の渡良瀬川の川幅(河道の幅)は70間(約126m)と意外に広い。
なお、初代の三国橋が架けられた地点も、新渡しと呼ばれる渡船場だった。
埼玉郡向古河村(12巻、p.502)に記述がある。
”新渡:古河道に属す村の東方 渡良瀬川思川会合の所にあり 渡船二艘 官渡”
渡船二艘の内訳は馬渡船一艘、歩行船一艘である。馬渡とは馬が乗れる大型船であり、
歩行船とは人が乗る普通の規模の渡し船。
←三国橋(右岸下流から) 渡良瀬遊水地の最下端、埼玉県と茨城県の境に架かる橋。 渡良瀬川はこの地点から4Km下流で利根川に合流する。 かつての三国橋は、現在よりも上流の渡良瀬川と 思川の合流地点付近に架けられた船橋であった。 その橋は下総国(しもうさ、茨城県)、下野国(しもつけ、 栃木県)、武蔵国(むさし、埼玉県)を跨ぐことから、 三国橋と命名された。→文献1 現橋は、おそらく4代目の橋である。 昭和6年に架橋された3代目の橋は、長さ546m、幅5.4mの スパンドレル・ブレースト・タイドアーチ橋であった。 (アーチ3連+プレートガーダー19連)→文献2 土木学会附属土木図書館の戦前土木絵葉書ライブラリ、 埼玉県27-32と茨城県37-40は当時の三国橋の様子である。 |
↑橋門構 (右岸から) 意外にシンプルな橋門構。下流側のエンドポストには、 銘板が付けられている。1968年6月、茨城県建造、 製作 川田工業株式会社と記されている。 |
↑側径間のプレートガーダーと主径間のワーレントラス 側径間と主径間の桁厚の差は、かけ違いではなく、 主径間の支承形式で吸収してある。 主径間は垂直材なしの3径間連続ワーレントラス。 |
参考文献:(1)利根川事典、森田 保/編、新人物往来社、1994、p.40
(2)中川水系 人文
総合調査報告書2、埼玉県、1993、p.470