新上武大橋

 場所:利根川、小山川  群馬県新田郡尾島町武蔵島〜埼玉県深谷市高島
 形式:PCラーメン橋(12スパン、4径間連続T型) 長さm  建設:平成4年(1992)

 新上武大橋の前身は、高島の渡し(渡船)である。
 武蔵国郡村誌(明治9年の調査を基に編纂)の榛沢郡高島村(10巻、p.2)に、
 ”高島渡:上野国新田郡への通路に属す 村より七町三十間北方 利根川の下流にあり 渡船二艘 官渡”とある。
 渡しは戦後に群馬県営の渡船場となり、昭和40年頃まで運営された。
 深谷市成塚には、享和三年(1803)建立の馬頭観音があるが、それは道標(道しるべ)
 兼ねていて、奈可せ(中瀬)道と共に多可し未(高島)道への案内が刻まれている。
 共に渡し場への道を示したもので、中瀬の渡しは上武大橋(利根川)の前身である。

 
なお、武蔵国郡村誌では高島村は戸数が125戸なのに対して、大型船や荷車が
 数多く計上されているが、それは高島河岸があったからである。
 例えば、高瀬舟1艘、舫舟(もやい)29艘、水車舟3艘、荷車23輌となる。
 ここでの水車舟とは外輪船(運搬用の船舶)のことではなく、船の上に石臼を設けた
 移動可能な製粉施設(精米、粉引き)のことである。水車船は利根川水系に特有と
 いうわけではなく、荒川水系には実に55艘も存在していた記録がある。→荒川水系の水車船

 新上武大橋
↑新上武大橋(右岸上流から)
 国道17号のバイパス(上武道路)に架かる橋。
 橋の外見と構造は、利根川下流の埼玉大橋と良く似ている。
 上流にある上武大橋の交通渋滞緩和のために建設された。
 橋名の上武は、上州(群馬県)と武州(埼玉県)のこと。
 親柱にはオブジェが付けられていて、上州側は埼玉に
 向かう馬、武州側は鳩の群れ(コバトンか?)である。
   新上武大橋
  ↑新上武大橋(右岸下流から)
   右岸側は部分的だが、曲線橋となっている。
   銘板には定着方式:SEEE工法、施工:ピー・エス・コンクリート、
   ドーピー建設工業と記されている。
   上流に架かる
旧・上武大橋(24スパンの鋼橋)と比べると、
   橋梁技術の進歩が一目瞭然だ。

 桁の構造
 ↑桁の構造
 橋脚と桁が一体成形された
 ラーメン橋。 

   桁を支承する橋脚
   ↑桁を支承する橋脚
   4径間連続のT型ラーメンを
   支える。

   河川敷から右岸堤防を望む
  ↑河川敷から右岸堤防を望む
   新上武大橋の全長は、
小山川を跨ぐ部分(鋼桁橋)と
   接続する高架橋を含むと、1.5Kmにもなる。

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