木造洋館

 撮影地: 埼玉県深谷市上敷免(じょうしきめん)

 明治21年3月に建設された日本煉瓦製造の旧事務所。 - 現地の説明板 -

 道路側から  ←道路側から

 初めて見た印象は、木造校舎みたい、であった。
 明治時代には地元の人々は、教師館とも呼んでいたようだが。
 洋館とはいえ、屋根には日本瓦が使われていて、
 和洋折衷である。チーゼ(日本政府に招聘され、
 日本煉瓦製造へ派遣されたドイツ人技師)自身の
 設計だとされているが、本当だろうか?
 正面の破風(屋根の山形部分)の上に付けられた、
 日本煉瓦製造の社紋が妙にかっこいい!

 木造洋館は、日本煉瓦史料館として一般公開されている。
 中には日本煉瓦製造の歴史資料や
 [煉瓦ができるまで]が展示されている。
 ちなみに写真の右側の歩道には、大正時代に設置された、
 大里郡大寄村(おおより)の
道路元標が残っている。
                             裏から→

    細長い板を横方向に打ち付けて壁としている。
    下見板貼りという構法だそうである。
    本当は煉瓦を基礎(土台)とする高床式住居(笑)。
    煉瓦の積み方は
イギリス積み

    基礎の部分が改築されていないのならば、
    使われている煉瓦は明治21年以前の製造であり、
    ホフマン輪窯ではない窯で焼いたものということなる。
    ホフマン輪窯の1号基が完成するのは、
    明治21年9月である。
    基礎に使われている煉瓦の平均実測寸法は、
    22
8×109×61mm(東京形に相当)。

    写真左下に見えるのは、専用線(上敷免鉄道)で
    使われていた
古レール(ベルギー製)。
    SJC - 92 - KTK - 1894 の刻印が確認できる。
裏から

戻る:[日本煉瓦製造] [上敷免工場[木造洋館]旧変電室][ホフマン輪窯] 関連:[煉瓦の積み方