長野落伏越_ | 本ページの画像は、NIKON COOLPIX 995(334万画素)で撮影しました。 |
所在地:長野落〜旧忍川、埼玉県行田市小針〜北埼玉郡川里町赤城 建設:昭和8年(1933)3月
形式:RC(鉄筋コンクリート)伏越。伏越長
27m(歩測)、天端幅 2.4m(親柱外面間)、翼壁長
9.9m
大正末期から昭和初期にかけて実施された元荒川支派川改修事業で建設された構造物。
同事業では元荒川の改修は埼玉県の水利課、支派川(農業排水路が多い)の改修は、
耕地課が担当したようである。長野落伏越の竣功銘板には、埼玉県耕地課長 前川純三書と
あるので、設計を担当したのは耕地課だったと思われる。ちなみに前川の名前は
間瀬堰堤(児玉郡児玉町)の竣工銘板にも記されている。
元荒川の支派川改修事業によって、それまで見沼代用水に排水していた長野落は、
排水先が野通川へ変更された。長野落の改修延長は2.7Kmであり、現在この伏越が
設置されている地点付近から下流はその時に掘削されたものだ。
長野落伏越の伏越部(河川の真下に設けられた水路の部分)の縦断形状は、
逆サイフォン(U字形)ではなく、直線(長野落の河床に摺り付けてある)だと思われる。
長野落の深く掘り込まれた河道と伏越の高い面壁がそれを物語っている。
水は伏越部を満流することは少なく、常時は自由水面を保って流れているようだ。
つまり水理学的には、逆サイフォンの原理を利用した管渠(圧力管)ではなく、
開水路として設計されていると推測できる。
長野落伏越の施設状態は良好とは云い難い。呑口側はコンクリートの表面が
かなり洗掘されていて、欄干や転落防止柵には鉄筋が露出している箇所もある。
これらの部位は構造体ではないので、コンクリートのかぶり厚はかなり薄いのだろう。
欄干の鉄筋には9mmの丸鋼、転落防止柵に6mmの丸鋼が使われている。
追補:長野落伏越は、土木学会の[日本の近代土木遺産]に選定された。
→日本の近代土木遺産のオンライン改訂版、書籍版は日本の近代土木遺産(土木学会、丸善、2005)。
![]() ↑長野落伏越 吐口(下流から) 長野落伏越は旧忍川の下を長野落を横断させるための 構造物。伏越とは水路形態のことで、サイフォンともいう。 写真の左から右方向へ旧忍川が、奥から手前へ 長野落が流れている。旧忍川(下忍川、今は廃川)は ここから150m東で見沼代用水に合流する。 長野落は行田市の東部を流れる農業排水路。 以前はここから1.2Km上流の地蔵橋の付近で 見沼代用水の右岸へ合流していたが、排水不良が 顕著であったために、元荒川支派川改修事業で 新たな流路を開削し、野通川へと付け替えられた。 ここから北西300mでは、小針落が旧忍川を横断するが、 そこには、さらにレトロな伏越が設けられている。 大正3年(1914)に建設された煉瓦造りの伏越、 小針落伏越である。小針落伏越は野通川の起点。 長野落伏越と同様に、非常に高い面壁が特徴である。 小針落伏越の建設には、下流側の地区が強硬に 反対したが、長野落伏越の場合はどうだったのだろう。 |
![]() ↑元荒川支派川改修事業で建設された構造物はデザインの 類似性が高い。当時流行した様式や意匠で統一されている (というより流用・転用している)。長野落伏越の天端には、 橋を連想させる欄干と親柱が設けられているが、欄干のデザインは、 元荒川にあった愛乃橋堰(吹上町)と同じである。 親柱のデザインは、斎条堰(星川、行田市)や宮地堰(元荒川、鴻巣市)と よく似ている。面壁にはトンネルのポータルで見られるような 飾り柱(ピラスター)、アーチ部には楯状迫石(切石積み)を 彷彿とさせる五角形の装飾が施されている。この石積み風の装飾は 組積構造物へのオマージュだと思われる。 土木構造物の主流は梁柱構造(木製)、組積構造(石や煉瓦造り)を経て、 現在のコンクリートへと移行した。長野落伏越と同時期に建設された、 沈砂池の水門(六堰用水、荒川、埼玉県川本町)や 舩橋樋(騎西領用水、埼玉県騎西町)にも石積み風装飾が見られる。 |
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←長野落伏越の吐口(天端から) 翼壁の形状は平面ではなく、曲面となっている。 いわゆるベルマウス型である。 この形状だと流入・流出損失水頭が小さくなるので、 水理学的に有利となる。また水流が乱れるのを 抑止できるので、伏越地点の河床が洗掘されるのを 防ぐ効果もある。長野落伏越と同時期に近隣に 建設された伏越や樋管には、翼壁の形状が曲面のものが多い。 例えば、白幡伏越(上星川、行田市)、酒巻導水路元圦(福川、行田市)、 江南サイフォンの呑み口(荒川、熊谷市)、 三十六間伏越(隼人堀川、南埼玉郡白岡町)などがある。 長野落伏越は面壁周りが、ファサード(構造物の景観的な意味での 正面)であり、明らかに見られることを意識して、デザインされて いるのだが、転落防止柵は意外に素朴な造形である。 ただし面壁天端に設けた欄干・親柱とのバランスを考慮して、 あえて控えめなデザインを採用したとも考えられる。 長野落伏越から50m下流に設けられた、 北根堰(1933年竣工?)にも同じ形式の柵が設けられている。 |
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