名称不明

 所在地:大里郡大里町小八林(こやつばやし)、横見第一用水路  建設年:不明

長さ 翼壁長 通水断面 ゲート その他 寸法の単位はm
巻尺または歩測による
5.7 2.0 箱0.45 なし  

 この施設は横見第一用水路の起点(横見川に設けられた分量樋から北50m)に位置する。
 石造りの分水工であり、下郷(吉見領旧五ケ村)へのかんがい用水が送水されている。
 建設年は不明であるが、分量樋(1913年建設)に隣接し形式もほぼ同じであることから、
 分量樋と同時に建設されたものであろう。
 この施設の諸元も分量樋と同じく、元禄16年(1703)に決められたもので、寸法・形式は当時の
 文書(→文献39、p.212)に記された、”内法幅壱尺五寸ニ定メ、甲蓋ナシ箱樋ヲ伏セ”である。
 約100年前の施設が現役で使われていることには驚かされるが、さらに凄いのは、
 この施設の基本設計が300年も前に行なわれていることである。

 ←荒川の右岸堤防から

 手前が本施設。
 写真上部の木立に沿って横見川が流れる。
 右上付近に分量樋が設けられている。
 西100m(写真右方向)には、
鏡ケ淵(中の淵)
 呼ばれる押掘(洪水で荒川の堤防が破堤してできた沼。切れ所)がある。

 周囲の水路はコンクリートで改修されているが、
 本施設は状態が非常に良く、
 建設当時の原形をほぼ留めている。

 横見第一用水路は荒川の右岸堤防に沿って、
 大里町、吉見町と流れ、
川島町松永で市野川に合流する。
 下流部では
文覚排水路と名称を変える。
 吉見町の
桜堤公園(旧.吉見領囲み堤)の裾を流れるのが、
 文覚排水路である。

 
 ↑上流から
 背後に見えるのは
荒川水管橋
 水管橋の付近には、大改修されているが、
 石橋(現在は桁のみ石)も残っている。
 横見第一・第二用水路では定比分水が
 行なわれているが、用水量が絶対的に
 不足する時には番水(取水の時間制限)も
 行なわれていたという。

   
  ↑施設の様子(上流から)
   側壁天端には、長さ90cm、幅45cmの石材が
   2枚並べられていて、橋梁の機能も兼ねている。
   しかし装飾性は、一切排除されている。
   壁を構成する石材は安山岩系で大きさは、90
×28×28cm。
   端部に破損を防ぐために、面取り加工が施されている。

   本施設の水路底勾配はかなり急であり、
   射流分水工のような設計がなされている。
   (高台で水が流れにくいことまで考慮しているようである)
   通水断面の狭い横見第一用水路の側を射流で
   分水することは、もう一方の第二用水路(横見川)の
   流況を水理的に安定させる効果を生む。
   いわゆる、施設による定量分水が可能となる。
   100年近くも前の施設に現代とほぼ同じ設計思想が
   導入されていることは驚きである。

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