煉瓦アーチの組み方     改訂11版:2007/05/16

 アーチ型のような樋管構造は、正式にはヴォールト(vault)と呼ばれる。
 これはアーチ形の天井を持つ立体構造のことであり、建築物などでアーチと呼ばれるものは、
 壁に窓等の開口部を設けるための平面構造の部分を指すことが多い。
 煉瓦樋管のアーチの外見は石橋のそれと似ているが、構造力学的には両者はまったく異なるものである。
 煉瓦アーチは各煉瓦を目地のモルタルで接着した連続体であり(煉瓦を骨材と見れば無筋コンクリート)、
 石橋のアーチは個々の石材が摩擦でかみ合って応力を伝播する離散体である。
 石橋のアーチは古い構造形式であるのに、厳密に構造解析するには(必要があるかどうか別として)、
 コンピュータを駆使したFEM(有限要素法)が必要となる。
 なお、煉瓦アーチよりも石橋のアーチの方が、施工には技術力(経験と勘)を要する。

 石造りのアーチ橋は九州地方に数多く分布するが、関東地方では非常に珍しく、明治時代以降、
 埼玉県に建設された石造りのアーチ橋は、筆者の知る限り、
寺坂橋(明治22年、元小山川、本庄市)と
 高沢橋(明治40年以前、赤間川、川越市)のみである。ところが意外なことに、埼玉県にはかつて
 数多くの石橋が建設されている。
筆者の調査と推測では、埼玉県域には江戸時代を通して
 実に2,000基以上もの石橋が建設されている(→埼玉県の石橋供養塔)。
 ただし、そのほとんどが小規模な桁橋である。
 明らかに、埼玉県では石造りアーチ橋の架設技術が欠落していた。
 なお、埼玉県はアーチ構造物に関しては特異な地域で、道路構造物である煉瓦アーチの随道(トンネル)や
 橋梁の建設事例は少ないのに、河川構造物である樋門だけは極端に多いのである。

 煉瓦でのアーチリングの組み方は、正面(呑口または吐口)から見ると、標準形の煉瓦を小口縦方向に
 アーチ状に積んだ構造となっている。標準形の煉瓦ではなく、楔形の異形煉瓦を使った方が
 施工精度と強度において勝るが、経済性から採用実績は少ない。アーチリングに楔形の異形煉瓦を

 使った樋管は、埼玉県では天神沼樋(通水断面は卵形、吉見町、1903)のみである。
 また、埼玉県に現存する煉瓦造り樋管は、その大半がアーチリングの巻き立て数が、3重か4重であり、
 2重の巻き立ては、
四箇村水閘(春日部市、1896)と天神沼樋(卵形)のみである。
 
参考:5重の巻き立て、野田樋門(千葉県野田市、利根運河)、高台橋(埼玉県さいたま市、高沼用水)
     6重の巻き立て、
渡良瀬川橋梁の橋脚(栃木県佐野市〜群馬県館林市、東武佐野線)

 3重の巻き立て
↑3重の巻き立て
 
大小合併門樋(志木市、新河岸川(旧堤) 、1898)
   アーチの中
  ↑アーチの中 
水越門樋(富士見市、新河岸川(旧堤)、1904)
   アーチ部分は小口縦なので、内側から眺めると
長手積みとなっている

変わったアーチの組み方

 五ヶ門樋  竪積み

 アーチ径の大きな樋門では、アーチリングの中央部に竪積みが見られる。
 これは、中央部付近の数列のみ煉瓦を長手縦と小口縦に組んだものであり、
 要石を模した装飾目的だけでなく、構造的な補強にもなる。
 
倉松落大口逆除(春日部市、旧倉松落 1891)、4連、竪積み、鋸状装飾 、非・赤煉瓦
 
五ヶ門樋(庄和町、中川、1892) 、竪積み、隅石、歯状装飾 、非・赤煉瓦
 
四箇村水閘(春日部市、中川 1896)、竪積み(一列のみ)、隅石、鋸状装飾
 
北河原用水元圦(行田市、中条堤、1903)、塔(鋸状装飾)、竪積み、呑口2連→吐口1連

 参考:岡の煉瓦橋(大里郡岡部町、旧中山道)、煉瓦アーチ橋(本庄市、JR高崎線)

 
甚左衛門堰枠
 要石を模した積み方

 アーチリングの上方に数個の煉瓦を小口縦に積んだ装飾があるもの。
 遠目には楔形の要石(キーストーン)のように見えるのが特徴。
 甚左衛門堰枠では、アーチ脚部には迫受け石が使われている。

 甚左衛門堰枠(草加市、伝右川 、1894)、2連 、塔、隅石、鋸状装飾、非・赤煉瓦
 
榎戸堰組合用水樋管(吹上町、元荒川、1901)、塔

 
村岡樋管
 アーチ中央に要石

 アーチリングの中央に要石(楔形の石材)を配したもの。
 ただし、要石は面壁部のみで樋管内部には使われていない。
 構造的な補強効果も若干あるが、主目的は装飾である。

 村岡樋管(熊谷市、吉見堰用水 、1891)、1連 、鋸状装飾、非・赤煉瓦

 参考:高台橋(埼玉県さいたま市、高沼用水) くさび石

 
弐郷半領猿又閘門
 アーチリングのみ焼過煉瓦を使用
 鼻黒(小口面が焼過)と呼ばれる黒っぽい色の煉瓦が
 アーチに部分的に使われている。
焼過煉瓦は高温で焼成したもので、
 含水率が低く耐水性に優れ、強度も大であるという。
 
弐郷半領猿又閘門(東京都葛飾区、大場川、1909)、呑口4連→吐口6連

 参考:東武鉄道の煉瓦トンネル(埼玉県羽生市、群馬県邑楽郡明和町)
 互圦樋(綾瀬川、東京都足立区南花畑三丁目、1914)は、
 2連のアーチ型でアーチリングは焼過(横黒・鼻黒)の
 異形煉瓦(くさび形)であった(埼玉県行政文書 大249-2)

 三軒家樋管

 呑口と吐口でアーチの数が異なる
 アーチ径の大きな樋門で見られる。ゲートが設けられた側(取水樋門は呑口側、
 排水樋門では吐口側)はアーチ径が小さく、2連となっている。
 外見は2連アーチであるが構造的には1連のアーチであり、
 2連の側のみ中間的な柱を設けて、面壁で蓋をした造りになっている。
 人力でも容易にゲートの操作が可能なようにと採用された様式だと思われる。
 
三間樋(騎西町、騎西領用水、1902)、呑口3連→吐口1連
 
北河原用水元圦(行田市、中条堤、1903)、呑口2連→吐口1連
 
弐郷半領猿又閘門(東京都葛飾区、大場川、1909)、呑口3連→吐口5連、埼玉県が建設
 
三軒家樋管(川越市、新河岸川、1910) 、呑口1連→吐口2連

 谷古田領元圦

 セグメンタルアーチ
 谷古田領元圦の翼壁に設けられた分水口は、セグメンタルアーチで組まれている。
 セグメンタルアーチとは、円弧が半円よりもさらに分節化された、
 アーチであり、力学的には半円アーチだとアーチの中心が迫受線と
 一致するの対して、セグメンタルアーチでは迫受線よりも下になる。
 厳密な意味では、四分円などの欠円アーチはセグメンタルアーチである。
 分節化されるほど、見た目はアーチの印象が薄くなり、
 形態的には壁と梁の組み合わせに近くなる。
 
谷古田領元圦(越谷市、葛西用水 、1891)、1連 、非・赤煉瓦

 参考:煉瓦建築では壁に出窓などの小規模な開口部を設けるさいに
    多用される。→
本庄市の煉瓦建築

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