続々・水辺の神様 (その8)_ | 続々・水辺の神様の一覧 |
入間川の周辺
↑弁才天と青龍様 入間川(左岸)、埼玉県比企郡川島町角泉、慈眼寺 慈眼寺は入間川の左岸堤防に隣接する。 本堂の裏側には熱田武尊社があり、その岩室(洞)の 中に弁才天(坐像)と青龍様。青龍様は二匹の龍が とぐろを巻いた浮き彫りで竜神とされている。 共に水にまつわる神様である。 |
↑お地蔵さん(水難者の供養) 入間川(左岸)、埼玉県比企郡川島町角泉 釘無橋の左岸上流100mの地点、堤外にある。 元文三年(1738)十一月建立、角泉村講中 釘無の渡しでの水難事故による死者の冥福を祈って 地蔵が建てられた。台座の左側面にその旨が 橋船往来諸人無難水死霊魂為成菩提と刻まれている。 |
↑九頭龍大権現 入間川(右岸) 埼玉県川越市府川 釘無橋の右岸上流100mの堤防上。 文政三年(1820)十二月 府川村中 願主1名、世話人3名 高さ62cm、幅32cm |
↑お地蔵さんと石仏群 入間川(左岸)、比企郡川島町釘無 お地蔵さんには寛政八年(1796)、念佛供養とある。 釘無橋の左岸下流100mの地点にあり、 写真の奥が入間川の左岸堤防。地蔵と一緒に 6体の石仏(庚申、如意輪など)も祀られている。 |
↑水神宮 入間川(左岸) 比企郡川島町出丸中郷 円福寺から北へ200mの民家の入り口 明治十七年(1884)一月 祭主 出丸中郷 加藤某 |
↑庚申塔 入間川(左岸) 比企郡川島町出丸中郷、円福寺 延宝五年(1677)十月 青面金剛(6手、合掌)、邪鬼、3猿 高さ108cm、幅41cm |
↑水天宮 入間川(右岸の河川敷内) 比企郡川島町出丸中郷 出丸橋の右岸橋詰(河川敷内)にある。 明治四十五年(1912)六月建立、昭和二年三月再建 水天宮とは水の神様で、水神宮とほぼ同じ。 背面には発起人2名と土橋渡船場 世話人3名の 名前が刻まれている。土橋の渡(出丸橋の前進)の 関係者が渡船の安全を祈願して建てたものだろう。 |
↑橋供養佛と如意輪観音 入間川右岸、 川越市菅間 下菅間交差点の西側、 阿弥陀堂の脇 如意輪観音が2体と 地蔵(立像)、橋供養佛(坐像)が祀られ ている。如意輪観音は安永二年(1773)、 橋供養佛は享保十年(1725)建立。 いわゆる、石橋供養塔である。 なお、ここから東へ50mの地点を 流れる古川排水路は入間川の故道。 |
石尊常夜燈 入間川(右岸) 川越市鹿飼(ししかい) 公民館南 嘉永五年(1852) 高229cm(台54cm),幅31cm,奥30cm 正面(右)大天狗/石尊大権現/ 小天狗 |
馬頭観音像(道標) 入間川(右岸) 川越市石田本郷 芳野小の北辻 <お成り街道> 単独 状態:良 天保十四年(1843) 高104cm(台30cm),幅30cm,奥28cm 台左面:左/金兵衛渡し(入間川) |
水天宮 入間川(右岸) 川越市下老袋(しもおいぶくろ)、東稲荷神社 入間大橋から1.2Km下流。 嘉永六年(1853)五月 世話人名、 台座には寄付金者10数名の名前。 高さ65cm(台座は含まず)、幅25cm。 |
↑水神宮 入間川、右岸堤防の裾 川越市下老袋 東稲荷神社から東へ100m、入間川の 右岸堤防の裾に祀られている。 自然石を使った素朴な水神宮であり、 建立年、人名等は刻まれていない。 高さ73cm、幅42cm。 |
↑馬頭観音像と法界供養塔 入間川、右岸堤防上 埼玉県川越市古谷上 新上江橋から上流へ1.5Km。 この付近は鎌倉街道の中道に比定されていて、 江戸時代には荒川(この付近の荒川と入間川の流路は 昭和初期に開削)の渡河地点には老袋の渡しと 蔵根の渡しが設けられていた。 手前が馬頭観音像:文化十三年(1816)建立、 観音講中二十九人。川越への道標を兼ねている。 奥が金剛界大日如来:文化七年(1810)建立。 水難者の供養塔で、金剛界大日如来の種子がある。 |
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