橋供養塔 所沢市(その1)(その2)_ | 埼玉県の橋供養碑 |
石橋供養塔 所沢市上新井766付近 西武池袋線から南へ100m、東川の左岸 天保三年(1832)霜月 願主2名(苗字なし) 助力惣村中 側面が道標を兼ねている。 高さ75cm、幅27cm |
石橋供養塔 所沢市上新井 六所神社から西へ150m、東川の河道内 寛政十三年(1801)正月 施主 森田某 昭和三十年十二月修理 高さ96cm、幅34cm。 |
石橋供養塔 所沢市山口 仏蔵院 本堂の南側にある。境内には道標などが 多いので、これも路傍からここへ 移築されたものだろう。 正面に庚申、右側面に石橋供養塔 明治十二年(1879)九月 願主 野村某 高さ53cm、幅24cm |
石橋供養塔 所沢市山口 県道55号線の付近、栄橋(六ツ家川)の 右岸下流50m。六ツ家川は柳瀬川の支川 寛政八年(1796)十一月 武州入間郡山口領岩崎村 願主 浄心 惣村中施主 石工 市谷四丁目 角田某 村役人4名、世話人4名 高さ125cm、幅33cm |
石橋供養 所沢市荒幡 光蔵寺 光蔵寺の塀の前にある。 安永三年(1774)四月 施主2名 高さ28cm、幅14cm |
阿弥陀堂石橋造立塔 所沢市久米1849付近 柳瀬川の右岸から西へ150m、 肥田野酒店の前 安永七年(1778)二月 釈迦三尊の種子 天下泰平国土安穏所 武州入間郡 久米郷中念仏供養 高さ84cm、幅37cm |
石仏同石橋建立 所沢市久米 長久寺 長久寺の門前にある名号塔。正面に 南無阿弥陀仏、右側面が石橋供養。 文政七年(1824)四月 惣村中寄進 世話人 当寺檀那中 男女念仏講中 高さ144cm、幅36cm |
橋供養塔 所沢市上安松 松戸橋(柳瀬川)の左岸橋詰にある。 ここは東京都東村山市との境界付近。 明治九年(1876)六月 武蔵国入間郡上安松郷 皇国万民安穏 高さ107cm、幅40cm。 |
石橋建立 所沢市南永井 大岾稲荷神社 天保九年(1838)三月再建 当国入間郡南永井邨 願主 市川某 正面に正面金剛王、左側面に石橋建立 寛政三年、裏に百番供養 文政十二年 高さ108cm、幅28cm |
(補足)所沢市に存在した石橋
武蔵国郡村誌の入間郡(4巻)から、現在の所沢市の区域に存在した石橋を集計したのが、
下記の表である。郡村誌は明治9年の調査を基に編纂された。標目数が多いうえに記述も詳細で、
極めて優れた書である。しかし、あくまでも村誌であり橋梁の悉皆調査書ではない。
実際に存在した石橋の数は、下記の集計(合計13基)よりも、もっと多かったはずである。
村名 | 橋名 | 記述内容 | ページ |
坂之下村 | 橋 | 河岸道に属し村の東南 用水の上流に架す 長八尺巾六尺 | 2 |
神米金村 | 橋 | 所沢道に属し村の北方 用水の下流に架す 長六尺巾七尺 | 37 |
橋 | 村の南方 用水に架す 長六尺巾六尺 | ||
橋 | 村の西方 用水に架す 長五尺巾五尺 | ||
北野村 | 不動橋 | 青梅道に属し村の戌の方 砂川の上流に架す 長二間巾六尺 | 59 |
誓詞橋 | 青梅道に属し村の亥の方 砂川の上流に架す 長二間巾六尺 | ||
武者田橋 | 川越道に属し村の子の方 北野川に架す 長六尺巾五尺 | ||
三ヶ島堀之内村 | 江戸橋 | 三ヶ島道に属し村の中央 用水の下流に架す 長九尺巾一間 | 85 |
内出橋 | 三ヶ島道に属し村の中央 用悪水の下流に架す 長七尺巾六尺 | ||
糀谷村 | 表橋 | 青梅道に属し村の西方 用悪水の下流に架す 長九尺巾一間 | 88 |
高根橋 | 里道に属し村の西方 用悪水の下流に架す 長一間四尺巾一間 | ||
中原橋 | 里道に属し村の西方 用悪水の下流に架す 長一間五尺巾七尺 | ||
富士塚橋 | 里道に属し村の東方 用悪水の下流に架す 長一間四尺巾一間 |
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