石仏、水辺の神様 (その9)_ | 水辺の神様の一覧 |
荒川(その6)
道祖神 荒川(右岸) 埼玉県比企郡吉見町中曽根 中曽根集会所から南東へ200m、 県道345号線の歩道に祀られている。 大正八年(1919)四月建立。 願主 田中忠三郎 高さ38cm、幅19cm。 |
九頭龍大権現 荒川(右岸、荒神社) 埼玉県比企郡吉見町一ツ木 荒神社は荒川の右岸堤防に隣接する。 元治元年(1864)四月建立。 荒神社には4基の塞神(比企郡では 珍しい)、昭和初期の荒川改修のさいに 内務省が設置した几号付の水準点もある |
九頭龍大神 荒川(右岸、氷川神社) 埼玉県比企郡吉見町一ツ木 氷川神社は荒神社から南西へ250mに 位置する。西には椀箱淵がある。 明治三十六年(1903)十月建立。 一ツ木中 世話人10名、発起人3名。 高さ145cm、幅65cnと大きい。 |
水神宮 荒川(河川敷内、明秋神社) 埼玉県比企郡吉見町明秋 明秋神社は糠田橋の右岸側にある。 文化七年(1810)十二月建立。 左側面に願主1名と世話人2名。 笠の衣装が独特。菊の花と思われる、 浮き彫りが付けられている。 |
水神大神 荒川(河川敷内、明秋神社) 埼玉県比企郡吉見町明秋 大正四年(1915)三月建立 願主 宮崎由三? 高さ52cm、幅29cm 明秋神社には弘化二年(1845)の九頭龍、 大正四年(1915)の板倉 雷電大神も 祀られている。群馬県の板倉町から勧請 |
百番供養塔(道標) 荒川(御成橋の右岸) 埼玉県比企郡吉見町北下砂 河川敷の中、旧御成橋があった付近にある。 坂東西国秩父の巡礼供養塔。 寛政八年(1796)正月 北下砂村御成橋 願主2名。 高さ82cm、幅23cm。道標を兼ねていて、 正面:かうの春 い王つき、右面:よしみいわとの ちゝ婦道、左面:満津山馬道。 |
大辯才天女 荒川(御成橋の上流500m、右岸堤防裾) 埼玉県比企郡吉見町丸貫 移築された6体の石仏が並ぶ。馬頭観音が3体、 六地蔵(明和二年:1765)、西国百番供養塔(寛政八年: 1796)など。そのうち3体が道しるべを兼ねている。 弁財天は板碑だが、台座には花びらの彫り物が施され、 側面には安永ニ年(1773) 丸貫 古名講中とある。 |
稲荷大明神、弁財天、馬頭観世音 荒川(右岸)、埼玉県比企郡吉見町大和田 御成橋から200m下流、右岸堤防の裾、文覚川の 右岸に祀られている。どれも比較的新しい時代の もので、左から稲荷大明:昭和9年(1934)建立、 施主 深井某 弁財天:昭和9年建立、 馬頭観世音:大正三年(1914)十月建立、願主 深井福次郎。 |
九頭龍神社と馬頭観世音 荒川(荒井橋の下流右岸) 埼玉県比企郡吉見町江和井 右岸堤防の裾(堤内) 九頭龍神社は明治十六年(1883)建立 横見郡江和井村 江藤嘉? |
九頭龍大神と諏訪大明神 荒川(右岸堤防の川裏、小段) 埼玉県比企郡吉見町久保田新田 神明神社から200m下流にある。 近くには民家はないが、 お供え物が添えられている。 九頭龍大神:明治二十八年(1895) 九月九日再建 大字須之子 最寄講中 須之子とは須の子新田のことだろう。 諏訪大明神:文政十三年(1830) この付近の荒川の河川敷には、 対岸の北本市との往来のために 冠水橋:高尾橋が架けられている。 かつては河川敷内には高尾河岸があり、 船荷の積み下ろしが行われていた。 |
水神宮 荒川(荒井橋の下流右岸、堤防の裾) 埼玉県比企郡吉見町江和井 左から馬頭観音、甲子墳、水神宮。 甲子墳は文政八年(1825)、 水神宮は享和二年(1802)建立。 |
水神宮 荒川(右岸) 埼玉県比企郡吉見町飯島新田 飯島新田集会所から西へ100m、 道路脇に2体の馬頭観音と 共に祀られている。ここから100m 西は吉見桜堤(荒川の旧堤防)だ。 飯島新田は昭和初期まで、 堤外地だった。 文久四年(1864)正月建立 高さ48cm、幅20cm。 飯島新田 願主 江森某 |
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